2020年02月24日

変わっていくのは・・

茨木さんが、
「まっとうに生きている」と言ったブータンの子ら。
しかし、きっと今は、ブータンの子らにも、
変化が起きているのでは、と思います・・。

27年前、バリ島に行きました。
その頃のバリは、まだ観光客も少なく、
ずっと昔から続いているバリの文化が残っていました。
一緒に行ったのは、当時、子供も大人も楽しめるバンドを
やっていた「トラや帽子店」の人たち。
今は解散してしまったけど、
「世界中の子どもたちが」は、音楽の教科書にも載っているそう。
中川ひろたかさんは、
楽しい絵本もたくさん出されています。

それは、バリの芸能文化を訪ね、交流する旅でした。
バロンダンス、レゴンダンス、ジェゴク、ガムラン、ケチャ、
アユン川のラフティングなどいろいろ楽しみ、
タガス村で、現地の子どもたちと交流。
小学生だった娘も一緒に連れて行ったので、
みんなで遊んで、歌ったり踊ったり。
ガムランの人たちともジョイントしたりしました。
夜、真っ暗な中でのケチャは、すごい迫力でした。
観光用ではない本物のケチャでした。
あの時の暗闇の深さ。
あんな深い闇は、それ以来感じたことがありません。
昼間は農作業をしたり、普通に働いている人たちなのです。
バリ・ヒンドゥーを信仰する、自然と一体となったつつましい生活。
そんな暮らしの中に、素晴らしい芸能が溶け込んでいるのです。
何て豊かなのだろうと、高い精神性感じ、感動した旅でした。

最近バリ島に行かれた人の話では、
どんどんリゾート化が進んでいて、
西洋人たちが押し寄せる観光地になっているとか。
ウブドもたくさんのバイクが爆走しているそうです。
きっとベトナムのホーチミンみたいになっているんだろうな。
ウブドは27年前は、静かな田舎の、芸術の村だったのに。

それから10年くらいして、
ベトナムの山岳少数民族が藍染している村を訪ねました。
ハノイから10時間、夜行列車に乗って、
着いたところから山奥に入ります。
黒モン族のカットカット村、赤ザオ族のタフィン村、
ザオ族のターバン村、ラオチャイ村などに行きました。
昔ながらの藍染を見ることができましたが、
刺繍する糸は、既に化学染料の糸も使われていました。
こんな山奥にも徐々に町の文化が入ってきていて、
変わってしまうのも時間の問題だな、と予感しました。
今はもう、昔ながらの藍染も、なくなっているかもしれませんね。
観光的に少しだけ残っているとか‥。
彼らにも生活があり、変わっていくのは仕方ないのですが、
グローバル化のかげで、素晴らしい文化が、音を立てて、
なくなっていっているのは、もったいなくてたまりません。

ブータンの子らが、「まっとうに生きて」いますように。
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2020年02月23日

時代遅れ

昨日、「伝言板」のことを書いたら、
茨木のり子さんの詩 「時代遅れ」を思い出しました。
茨木さんは、なんと潔い!


 時代遅れ  茨木のり子


. 車がない
 ワープロがない
 ビデオデッキがない
 ファックスがない
 パソコン  インターネット  見たこともない
 けれど格別支障もない

   そんなに情報集めてどうするの
   そんなに急いで何をするの
   頭はからっぽのまま

 すぐに古びるがらくたは
 我が山門に入るを許さず
  (山門だって  木戸しかないのに)
 はたから見れば嘲笑の時代おくれ
 けれど進んで選び取った時代おくれ
       もっともっと遅れたい

 電話ひとつだって
 おそるべき文明の利器で
 ありがたがっているうちに
 盗聴も自由とか
 便利なものはたいてい不快な副作用をともなう
 川のまんなかに小舟を浮かべ
 江戸時代のように密談しなければならない日がくるのかも

 旧式の黒いダイヤルを
 ゆっくり廻していると
 相手は出ない
 むなしく呼び出し音の鳴るあいだ
 ふっと
 行ったこともない
 シッキムやブータンの子らの
 襟足の匂いが風に乗って漂ってくる
 どてらのような民族衣装
 陽なたくさい枯草の匂い

 何が起ころうと生き残れるのはあなたたち
 まっとうとも思わずに
 まっとうに生きているひとびとよ
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2020年02月22日

伝言板

携帯を持ってない友人と、
神戸で待ち合わせました。
電車が着く時間を伝えていたら、
駅の改札を出たところで、
ちゃんと待っていてくれました。
最近はみんな携帯を持っているので、
もし会えなかったら、電話すればいいのですが、
携帯を持っていないと、もし会えなかったら、と
ちょっとドキドキしました。
久しぶりの感覚。
でも、ちょっと前までは、みんなそうだったのです。
「どこそこで何時」で、待ち合わせ。
時には、行き違いになって会えないことも。
だから、改札を出たところには、
伝言板があって、
「1時間待ちました。もう帰ります。」
などどチョークで書いてあったりしました。
そういえば、もう、伝言板を見ることはありません。

私はいつも車で出かけることが多いので、
久しぶりで電車に乗ったら、
乗っている人は、ほとんどの人が
スマホの画面を見ています。
窓の外の景色なんて誰も見ていません。
何か、異様な光景です。
そのうち異様とも思わなくなるのでしょうね。

例えば、私が、何かについて話すと、
若い人は、さっとスマホを出し、すばやく検索して、
「これですね。」と言う。
そうして、きっとわかったつもりになっているんだろうな。
「それは、ちょっとちがうけど・・。」と言っても、
あまり関心がなさそうで、
私も話す気持ちをそがれてしまう。
知らないことを知るって、すごくワクワクしないのかなあ。

どこか知らないところへ行って、わからなかったら、
私は誰かに聞いた方が早いので、すぐ聞きますが、
若い人は人に聞かないで、スマホでしらべます。
聞くとまた別のことまで教えてくれたりすることも
あるのになあ。
便利になったのでしょうが、
何か大切なことを失っていくような気がしてなりません。

時代遅れかもしれませんが、
携帯なしの生活って、いいなあ、とつくづく思います。
その友人は、もちろんメールもしないので、
手紙が届きます。
何日か、かかって。
彼女の周りでは、時間がゆっくり流れている気がします。

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posted by kaze at 21:13| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする