2020年03月02日

ゴッホ展

先日、兵庫県立美術館で開かれている
ゴッホ展に行ってきました。
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今回は、ゴッホが絵を描き始めたころに
影響を受けたハーグ派の作家、
パリに出てからの印象派の作家の作品も
展示されていて、とても興味深かったです。
その後のアルルでの作品から亡くなるまでの作品も
展示され、
あのうねるようなタッチの糸杉もありました。
天に届こうとするあの圧倒的なエネルギー。
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若いころからゴッホが好きです。
ゴッホ展が開かれるたびに行きます。
なんでこんなに惹かれるのでしょう。
画家になって亡くなるまでの10年間に
彼が描いた絵は、素描と油絵で、なんと2000枚以上。
そのひたむきさ、
ひたむきに人間より大きいもの、崇高な高みに、
届こうとするピュアな魂。
彼の弟テオへの手紙を読むと、
それがよく伝わってきます。

「苦しんでいるぼくは、何かぼく以上に
偉大なもの、ぼくの生命であり、創造力である物、
それがなくしてはすまされない」

名もない日本人が描いた一本の草の絵に感動し、
自然と一体になる日本の文化にあこがれ、
「神の言葉を種まく人になりたい。」と思い続けたゴッホ。
知れば知るほど、見れば見るほど、
その魂の純粋さ、深さに、どうしようもなく
惹かれてしまうのです。

posted by kaze at 21:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月29日

「生きる」授業

装幀者菊地信義さんをドキュメントした映画、
「つつんでひらいて」を見て、
すっかり菊地さんの魅力に、はまってしまいました。

以前、NHKの「課外授業 ようこそ先輩」という番組で、
母校の小学校で、二日間にわたり特別授業を受け持った様子が、
YouTubeに出ていました。
谷川俊太郎の「生きる」という詩の最初の七行を教材にして、
子どもたちが本の表紙を作るという授業でした。

生きる   谷川俊太郎

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと

この詩を読んで、子どもたちが
それぞれイメージする表紙を、描きます。
詩に出てくる言葉を絵にする子供たち。
それは使いません。
明日までに、もう1度、自分にとっての「生きる」を
考える宿題が出ます。
自分の「生きる」1行を見つけてくること。
次の日、その1行をイメージして表紙を作ります。
うまく描く子もいれば、
どうしてよいかわからなくて、涙ぐむ子も・・。
その様子は、まさに「生きる」姿でした。
子どもたちに声をかける菊地さんの姿も、
「生き」ていました。
とても素敵でした。
こういう大人に出会った子どもは、
きっと一生、このことを忘れないだろうな。

https://www.youtube.com/watch?v=5tRcQZnRmCc


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2020年02月28日

友人

友人のことを書いたら、茨木のり子さんの
「友人」という詩を思い出しました。
茨木のり子さんの詩、
以前にもいくつか紹介しましたが、
私が大好きな詩人なのです。


  友人    茨木のり子


友人に
多くを期待しなかったら
裏切られた! と叫ぶこともない
なくて もともと
一人か二人いたらば秀
十人もいたらたっぷりすぎるくらいである
たまに会って うっふっふっと笑いあえたら
それで法外の喜び
遠く住み 会ったこともないのに
ちかちか瞬きあう心の通い路なども在ったりする
ひんぴんと会って
くだらなさを曝けだせるのも悪くない
縛られるのは厭だが
縛るのは尚 厭だ
去らば去れ

ランボウとヴェルレーヌの友情など
忌避すべき悪例だ
ゴッホとゴーギャンのもうとましい
明朝 意あらば 琴を抱いてきたれ
でゆきたいが
老若男女おしなべて女学生なみの友情で
へんな幻影にとりつかれている

昔の友も遠く去れば知らぬ昔と異ならず
四月すかんぽの花 人ちりぢりの眺め
とは
誰のうたであったか

 

ほんとにそうです。
素敵なものに出会って共感したり、
馬鹿なことを言って笑いあったり、
本音で付き合える人が一人か二人いたら最高なのです。
そして、
「縛られるのは厭だが
縛るのは尚 厭だ」です。
お互い自立した人でないと。

私もこれまで、友人で、何度か嫌な思いもしました。
何しろ転勤族なので、新しい土地に行くたびに、
やっと気心が知れた人とも別れ、ゼロからの出発です。
いい人だと思って付き合っていると、
とんでもない目にあったこともありました。
相手を縛りたい人って、いるのですね。
そういう人とは続きません。
私はもともと人見知りで、話すのも苦手なので、
分かり合えるまで、時間がかかるのです。

でも茨木さんも言うように、
「なくて もともと」なのです。
一人の時間もとっても大切だし、好きです。
むしろそれがないとだめです。
映画や美術館は大抵一人で行きます。
私は映画を見終わっても、しばらくは
その世界に入り込んでいることがあるし、
ぼろぼろ泣いた顔は見られたくない。
ゆっくり見たい絵も、人によって違います。
誰かと一緒だったら、気を使ってしまいます。
縛られたくないし、縛りたくない。

最近は、お友達の数が多いのがいいことのように、
言われたりします。
以前、展覧会の連絡がFBのグループで送られてくるので、
必要に迫られて登録しましたが、
お友達のお友達はお友達?
この人もお友達では?なんて、
FBを開くたびに、言われると、うるさい!
会ったこともない人から、お友達申請されても困ります。
こういうのが嫌です・・なんて言うと、
やっぱり時代おくれなのでしょうね。
それでいいですけど。
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posted by kaze at 21:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする