2021年01月28日

石井一男さんの絵

石井一男さんの絵を、最初に見たのは、
2年ちょっと前。
神戸のギャラリー島田でした。
深い闇から浮かび上がる女神たちの
優しく静かに包んでくれるような表情が印象に残りました。
その時は、石井一男さんという画家について、
何も知りませんでした。

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それから、ギャラリー島田の島田誠さんの本を読んで、
石井さんが、簡素な長屋の2階に住み、
49歳になるまで、一人孤独な生活をしながら、
命をつなぐように絵を描かれていたことを知りました。
島田さんに出会って、1992年、49歳の初個展。
それからだんだん知られるようになり、
絵も売れるようになった今でも、生活は全く以前と同じ。
広いところに移りたいとも思わないとか。
絵が描ける空間があればそれで十分なのでしょう。
後藤正治さんが、石井さんについて書かれた
「奇跡の画家」も読みました。
寡黙で、誠実なお人柄が、よく伝わってきました。

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コロナのこともあり、
ギャラリー島田のホームページで、
オンラインで買える石井さんの作品が出ていました。
それで、気になる作品があり、
思い切って買いました。

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よくある黒っぽい色をバックに描かれた女神ではなく、
白っぽいバックで、頭のあたりから、何やら出ていて、
画面の下半分に、散らばっています。
大きさは葉書大の、小さな作品です。
届いてよく見ると、
これは私だ、と思えてきました。
もちろん石井さんの心象風景でもあるのでしょうが、
きっと言葉にならない何かが
たくさんあって、あふれて出ている、
それを描かずにはおれなかったのではないか、と。

昨日紹介した、寺尾紗穂さんの「彗星の孤独」の中に、
「『言葉以前』の人々のように」という文章があり、
とても好きでした。
出雲でライブがあり、時間があったので、出雲大社に行き、
そこで聞いた講演会で、
古事記や日本書紀に描かれる神様は、
いつまでも泣いているか、長いこと沈黙している。
それは、人間の言葉以前の状態を表している、ということ。
つまり神様も、言葉を持たなかったころは、
悲しいことも嬉しいことも泣いて表現するしかなく
それ以外は黙るしかなかった、という話。

寺尾さんと同じで、私も小さいころから、
話すのが苦手です。
とっさに言葉が出ず、心の中で言葉が浮かんでも、
ぐるぐるするばかりで、出すタイミングがわからず、
飲み込んでしまいます。
思ったことを的確な言葉で話す人は、すごいと思います。
私は、だいぶ後で、あの時、ああ言えばよかったと、
気づくことが多いです。
言葉にすることのもどかしさ。
寺尾さんが子供たちに「スーホの白い馬」を読んでいて、
途中で涙がこみあげてきて読めなくなった話も、
同じ経験があり、わかる〜。
「いつまでも泣いていた神様や言葉を知らぬ古代の人々のように、
私はこれからもたくさん涙を流し、歌いながら『鳴き』続けて
いくのかもしれない。」
寺尾さん、歌があってよかったね。
もちろん文筆家としてもすごいけど。

石井さんの絵を見ながら、
寡黙な石田さんも、言葉で言えないから絵で表現したのですね、
石井さん、絵があって良かったね、と声かけたくなりました。
石井さんの絵に、すごく親近感を感じました。




posted by kaze at 17:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月27日

「彗星の孤独」

寺尾紗穂さんの本を、いろいろ読みました。
第二次世界大戦下で、南洋に生きていた人々を
訪ね歩いた「南洋と私」、
「あのころのパラオをさがして 日本統治下の南洋を生きた人々」
「原発労働者」など。
三人の小さい子供を育てながら、
精力的に書かれている姿に驚くとともに、
話を聞いた人に、深く心を寄せる姿勢に、
とても共感しました。
「原発労働者」のなかで、彼女も書いているように、

「ひとごと」を「わがこと」として感じること。
考えてみること。

の大切さ。本当にそう思います。
音楽家、シンガーソングライターとしても素晴らしいけど、
文筆家としても、素敵な人だなと思いました。

彼女の本で、特に好きだったのが、「彗星の孤独」。
日々の暮らしの中で、また、ライブで全国を回りながら、
感じたことを書いているのですが、
あちこちに、光る言葉があって、
いいなあ、と心に残りました。
そのいくつかを紹介しますね。

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「2018年、私たちは、普段横軸の世界に生きている。
生まれてから出会った人たちのことを考えたり、
いがみあったりしながら、同じ今を生きている。
けれど、詩の朗読や音楽というものは、そこに、
縦軸を現前させることができるように思う。
目に見えないけれど、確かに人を一瞬で
未来や過去に連れていってくれる。」

「考えてみれば人と人の関係も音楽のように目には見えなくて、
ある日突然途切れたり、転調しうるはかなさを持っている。
私たちはたよりなさを生きる。たよりない日々を生き、
憤ったり悲しんだりしながら、自らを抱えている。
それでも人が生きて行くのは、いがみあったり争ったり
するためではなく、調和の音を鳴らすためだと信じている。
音も狂い、加えて不協和音が鳴り始めているように思われる
この世界の中で、せめてひと時、
あなたと美しい音楽を奏でたいと思う。
同じ時代に生まれた私たちが一緒にいられる時間は、
長くはない。」

生活保護を受けている人や
路上生活経験者が芸術活動をしていることに触れて、

「文学や芸術はもっともっと一個人に開かれていいものだと思う。
誰がいつ始めてもいい。その巧拙やレベル如何に
最後までこだわる人もいるだろうが、一番大切なのは
一人の人間にとっての切実な表現と喜びがそこにあるかどうか。
それから、それを認めて受け入れてくれる人が身近にいるかどうか。
これは、人の幸福を決める大きな要因であり、
人が生きていく上で、最強のセーフティーネットになりうるとも思っている。
『社会の役に立たないからなくてもいい』
『レベルが低くて中途半端だから価値がない』
こういう硬直した考え方を前に、しなやかに返答し続けるものが、
芸術であり、文学ではないかとも思う。」

本の前後に、父、寺尾次郎さんのことが書かれているのも印象的。
2、3日前、何気なく見ていたBSの映画の字幕翻訳に、
寺尾次郎の名前があり、何というタイムリー!


posted by kaze at 20:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月13日

服のはなし

新聞記者をしながら、休日に服を縫うようになり、
自分の服やお母さんの服を縫っていた行司千絵さん。
着ていると、それがだんだん評判になって、
友人や知人から、服を頼まれるようになります。
その人に似合う服を考え、自由に作る楽しさ。
何より気に入ってもらえて喜んでもらえる幸せ。
そんな服をまとめた『おうちのふく』
作ることの楽しさや喜びが伝わってきて、
読んでいる私も嬉しくなる本でした。
作るって、ほんとに楽しい♪。
このワクワク、ドキドキに、取りつかれると
止まらなくなりますよね。
わかるわぁ♪
最近新しく出された『服のはなし』
服を作りながら、いろいろ思うことを綴られた本です。
服にまつわる思い出、生きてきた時代、
既製服が作られている背景や社会問題など、
親しみやすい語り口で書かれていて、共感しました。

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服といえば、
昨年の秋ごろだったか、たまたま「News 23」で、
コム デ ギャルソンの川久保玲さんが、
短いインタビューに答えられているのを見ました。
普段は、TVに出ることなどない方なので、
見入ってしまいました。
コロナで、制限だとかできないことが多くなり、
それに慣れてしまうことの危険性に触れ、
「こういう時だからこそ、新しいことに向かって
進まなければいけない。」と言われていたことが印象的でした。

今まで40年間、続けてこられた原動力は?と、聞かれて
「反骨精神というか、なにか普段から、
こんなことがあっていいのか?と思うことに対して、
いつも憤りを感じながら、
それをエネルギーにしながらやってきたということだと思います。
人間は厳しい状況であれば、それをバネにして、
もっと前に行くパワーがあるはずです。」
そして、ファッションとは?と聞かれて、
「自分を表現する材料でもあるし、
刺激を受ける材料でもあるし、
絶対必要な存在だと思います。」
78歳になるという川久保玲さん。
かっこいいなあ!

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posted by kaze at 20:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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